研究概要
光機能性分子材料の開発はエネルギー変換やエレクトロニクスから生命・医療までの幅広い分野を網羅します。当研究室では主に低分子系有機分子の単量体(Monomer)だけでなく集合状態(Molecular Assembly)にも注目し、従来にはない新たな機能を有する材料開発を行っています。具体的には、新規π共役分子の合成や電子物性・発光特性評価、励起状態におけるキロオプティカル特性(円偏光発光など)、多励起子生成状態の関与する化学反応評価、さらに太陽電池や光触媒まで分子材料と光の関与する広い内容を網羅しています。また、量子ドットや金属ナノクラスターなどのナノスケールの無機材料と有機材料を積極的に融合する点も我々の大きな特徴と言えます。さらに、材料合成だけにとどまらず、フェムト秒からナノ秒までの各種レーザー光源を用いた時間分解分光法による反応メカニズム解析も積極的に行っています。
代表的な研究テーマの内容は以下の通りです。
1.π共役分子の励起ダイナミクス制御と特異な機能発現
機能性有機材料の開発において、多環芳香族炭化水素をはじめとするπ共役分子の光物理過程(蛍光、項間交差や内部変換の各過程)の自在制御は極めて重要です。当研究室ではペリレンやコロネンなどをはじめとする様々なπ共役分子(下図)の材料合成および光物理過程の評価を行ってきました。一例として、光学活性な分子として芳香環が螺旋状に連なったヘリセンは有用でありますが、蛍光量子収率(ΦFL)がほぼゼロと極めて低く、発光材料としての利用は困難でした。そこで当研究室では独自の物性予測・分子設計により発光性ヘリセン誘導体を合成しました。その結果、蛍光放射(FL)と項間交差(ISC)の量子収率を速度論的に制御し、大幅な蛍光量子収率(ΦFL)の改善だけでなく、良好な円偏光発光(励起状態でのキラル特性)の異方性因子g値を実現しました(J. Phys. Chem. C 2016, 120, 7421; Chem. Eur. J. 2016, 22, 4263)。さらに、この光学活性分子を用いた有機ELデバイスへの展開(J. Phys. Chem. C 2015, 119, 13937)にも成功しました。
また、ジピロメテン骨格を有する二量体では、螺旋状構造の場合、近赤外領域でのCPLの異方性因子g値の大幅な向上(Chem. Eur. J. 2018, 24, 16889)を示し、直線的な形状の二量体では生体深部イメージングに利用可能な二光子吸収の観測(Chem. Eur. J. 2020, 26, 315)に成功しています。当研究室は研究室独自のアプローチより当該分野でのさらなる機能化を図っていく予定です。
2.多励起子生成状態を利用した高効率光反応の実現と応用展開
有機材料を多層に積み上げた固体薄膜(有機薄膜)は太陽電池をはじめとする光エネルギー変換デバイスに幅広く利用されていますが、一般に、有機分子が多数集まった集合状態では近くに存在する分子同士がお互いに影響を及ぼし合い、光の吸収によって得られるエネルギーは孤立状態(単量体)と比較して大幅かつ迅速に失うことが知られています。このように、複数の有機分子の近接化(集合化)において光吸収によって得られたエネルギーの大幅な損失は避けられない現象として考えられてきました。その解決策の一つとして、近接した一重項状態の二分子間において一光子の吸収過程(S1 + S0)から、お互いの相互作用が強い多励起子生成状態(中間体)である三重項励起子による対:励起子ペア(TT)を経て、二つの独立した三重項状態の励起子(T1 + T1)を生成する一重項分裂(Singlet Fission: SF)の活用が挙げられます(式 1)。 このSFの発現には二分子間の電子的相互作用による近接化のほかに、エネルギー保存の観点から最低励起一重項状態(S1)のエネルギーE(S1)が三重項状態(T1)のエネルギーE(T1)の2倍程度もしくはそれ以上であるエネルギー保存条件E(S1) ≥ 2E(T1) を満たす必要があります。
このように、SFは一光子の吸収過程から二つの三重項励起子を生成できるため、励起子生成の量子収率は200%となり、従来の光化学では考えられなかった100%を遙かに超える反応系が実現できます。また、この三重項状態の励起子(T1)は一重項状態の励起子(S1)と比べてエネルギーは低いものの、励起状態の寿命が約1000 倍以上の長寿命であることから、光エネルギー変換やエレクトロニクス分野における活用が大いに期待されています。当研究室では、スペーサーで介した二量体での励起子生成の量子収率200%を単に実現するだけでなく(J. Phys. Chem. Lett. 2018, 9, 3354; J. Phys. Chem. C 2021, 125, 18287; J. Phys. Chem. Lett. 2021, 12, 6457; ACS Energy Lett. 2022, 7, 390)、環状オリゴマーや分子カプセルを利用した超分子型SF(Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 1115; J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9361)、常温液体分子での初のSF (J. Phys. Chem. B 2020, 124, 11910)、SFを利用した高効率な物質変換(ACS Energy Lett. 2019, 4, 26)や活性酸素である一重項酸素の発生(J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 14720)を既に実現しています。また、量子ドットや金属ナノクラスターとの融合による有機無機ハイブリッド系(Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5230; Chem. Eur. J. 2018, 24, 17062; J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 17388)での有用性も明らかにしています。SFの逆反応である三重項ー三重項消滅(TTA)の活用を含めて多励起子生成状態の利用は今後、太陽光発電だけでなく、物質合成や医療分野、量子情報通信などの分野への展開が期待されます。
3.ボトムアップ型超分子太陽電池・光触媒の開発
有機色素・分子材料を集合化させるには共有結合を用いることで強固かつ正確な構造制御が期待できますが、極めて煩雑な合成作業が重大な問題点となります。一方で、非共有結合であるイオン結合、水素結合や分子間相互作用などを巧みに組み合わせることで多数の分子を適材適所に配置することが可能となります。当研究室では、従来的なトップダウン的手法による分子集積化ではなく、ボトムアップ型の超分子化学的手法で分子を積み木のように積み上げていくことで太陽光による発電や化学エネルギー変換に必須な機能である① 光吸収・励起子拡散、②電荷分離 や ③ キャリア移動 が連続的に発現可能な分子集合体構築を行ってきました(J. Phys. Chem. Lett. 2013, 4, 1771; Chem. Commun. 2013, 49, 4474; J. Phys. Chem. B 2015, 119, 7690; Energy Environ. Sci. 2011, 4, 707; J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8158)。今後は上述の多励起子生成状態を活用することでエネルギー変換特性の更なる向上を図っていく予定です。