研究内容
近未来に利用されることが期待される新しい機能材料を創製することと、その材料開発に必要な新しい概念、方法・戦略の提示、さらにはそのような材料の新しい機能を見出すことを目標としています。これまで当研究室では、新しい材料として「光で制御できる磁性・超伝導材料」や「ダイヤモンド電極」を中心にそれらの創製を行ってきました。これらの材料は、数年先に活躍するであろう、次世代の光磁気デバイス、光スイッチングデバイス、環境モニタリングシステム、バイオ、生体計測システム、環境浄化システム、創薬のシステムなど、さまざまな方面への多くの応用の可能性を秘めています。なかでも「ダイヤモンド電極」は、用途によっては実用化への展開も進んできており、新たな展開を見せています。
実際に当研究室では、無機化学のみならず、有機化学・物理化学(光化学・電気化学)の考え方を総動員して、特に、微粒子、薄膜、錯体、炭素材料などを利用したナノ〜マイクロスケールの材料システムを構築し、目的の機能発現を目指しています。
ここでは、これまでに当研究室にて創製されたいくつかの材料や開拓された機能について紹介します。
- 【ダイヤモンド電極】
→「学問のすすめ」(理工学部のページ:2005年)もご覧ください (一般向け)
→慶應義塾大学理工学部市民講座(2013年6月15日)での講演の様子(You Tube)もご覧ください(1時間:一般向け)
→Keio Research Highlightsの記事(2018年4月24日掲載)もご覧ください(英文)
→「ACCELシンポジウム」(2019年10月25日)の様子もご覧ください(15分:一般向け)
- 【光で制御できる磁性・超伝導材料】
→You Tubeでの研究室紹介(2010年)もご覧ください (一般向け)
1.ダイヤモンド電極
ダイヤモンドは宝石としての魅力はもちろんですが、それだけでなく、最大硬度や大きな屈折率、大きなバンドギャップといった物理的に優れた特性をもっているため、半導体材料をはじめとするさまざまな応用の可能性を秘めています。なかでも、ホウ素を高濃度にドープしたダイヤモンドは導電性をもち、これを電極材料として用いると、非常に優れた電気化学特性を示します。当研究室では、この新規な電極材料の特性に注目し、その基礎物性の評価とともに、世界に先駆けて「ダイヤモンド電極」の高感度センサーをはじめとする電気化学的な応用を目指して研究を行ってきました。
最近では、電気化学センサーへの応用展開も進めつつ、将来の医療に資する生体計測用の電極創製、環境浄化のための用途、創薬・化学品合成へつながる有機合成への応用、CO2還元による有用物質の合成など、多方面への新規な機能開発を行っています。
[マイクロ波プラズマCVD法によるダイヤモンド電極の作製]
当研究室保有のマイクロ波プラズマCVD装置により、ホウ素を高濃度にドープした導電性のダイヤモンド薄膜を作製します。
[ダイヤモンド電極の特徴]
ダイヤモンドとしての物理化学的安定性に加えて、水中における電位窓の広さ、バックグラウンド電流の小ささが大きな特徴です。
●残留塩素の高感度測定
J. Electroanal. Chem. , 612, 29-36 (2008).
水道水、プールをはじめとして、汚水の消毒剤として次亜塩素酸などが利用されており、その濃度管理はとても重要です。ダイヤモンド電極を用いることで、1.3V(vs. Ag/AgCl)に明瞭な酸化電流が観測されました。バックグラウンド電流も小さいことから、0.1 〜 2.0 ppmの領域においても良好な検量線を得ることができ、水道水等の残留塩素濃度モニターへの応用が可能であることがわかりました。従来の電極材料を用いた場合は、このような高電位における酸化は検出できないことから、ダイヤモンド電極の特性が生かされているといえます。
●シュウ酸の検出
Anal. Chem ., 78, 3467-3471 (2006).
尿結石の原因となるシュウ酸についても、ダイヤモンド電極を用いることで1.32V(vs. Ag/AgCl)に直接の酸化電流を観測でき、検出が可能であることがわかりました。
●がんマーカーをはじめとするタンパク質の検出
J. Electroanal. Chem ., 612, 201-207 (2008).
ダイヤモンド電極は表面が不活性であり、物質が吸着しにくい、という特徴もあります。この特性を利用することで、非金属タンパク質のアミノ酸を直接酸化することができ、タンパク質濃度の定量が可能であることを見出しました。一つの例としてがんマーカーの一つである免疫抑制酸性タンパク質(IAP)の濃度の定量を行ったところ、実際の測定で必要な濃度範囲において明瞭な検量線を得ることができました。
●タンパク質変性状態の検出
Anal. Chem., 80, 5783-5787 (2008).
タンパク質の濃度定量のみならず、タンパク質の自然状態と変性状態の違いを電気化学的に簡単にモニターできることがわかりました。
●イオン注入ダイヤモンド電極を用いたヒ素の検出
Anal. Chem.,78, 6291-6298 (2006).・日経産業新聞に掲載
環境中のヒ素の計測は重要です。しかし、ダイヤモンド電極は触媒活性に乏しく、ヒ素を直接酸化することができません。そこで触媒としてIrをダイヤモンド電極にイオン注入した「Irイオン注入ダイヤモンド電極」を作製しました。この複合電極により、ヒ素を高感度にて検出することに成功しました。
●銅イオン注入ダイヤモンド電極を用いたグルコースの選択的検出
Anal. Chem., 78, 7857-7860 (2006)., Biosensors and Bioelectronics, 24, 2684-2689 (2009).
血糖値のモニタリングなど、グルコースの検出は重要です。グルコースもダイヤモンド電極では検出できないため、「Cuイオン注入ダイヤモンド電極」によりグルコースを高感度に検出することができました。それだけでなく、この「Cuイオン注入ダイヤモンド電極」では、電気化学的な物質拡散形態の違いを利用することで血液中や尿中における妨害物質となりうるアスコルビン酸や尿酸との選択的な検出ができるという新たな機能も見出しました。これは基本的な電気化学的原理に基づいた、酵素を利用しない物質分離の全く新しい方法論として期待されます。
●ストリッピング法によるヒ素の高感度検出および3価、5価の選択的検出
J. Electroanal. Chem. , 615, 145-153 (2008). 【特許第4215132号:2008年11月14日:世界最短にて取得】
金を触媒とした複合電極を作製し、ストリッピングボルタンメトリー法を用いることでヒ素の高感度検出および3価、5価の選択的な検出に成功しました。
●ダイヤモンドマイクロ電極によるドーパミンのin vivo検出
Anal. Chem., 79, 8608-8615 (2007).・日経産業新聞に掲載
マイクロサイズのダイヤモンド電極は、電極の小型化が可能であるというメリットのみならず、電気化学センサーとしてより優れた性能を示すため、次世代の標準タイプの電極として期待されます。当研究室では、マイクロサイズのダイヤモンド電極を作製し、その基礎評価とともに、その応用を検討しています。
一つの応用として、脳内物質であるドーパミンを電気化学的に直接検出することを試み、実際にマウスの脳内にダイヤモンド電極を挿入してその応答を確かめました。実際に、従来のカーボンファイバー電極に比べて高感度であることや、応答性に優れていることなどがわかりました。このダイヤモンドマイクロ電極により、脳内物質計測の新しい可能性が期待されています。
●簡便なpH計測
Phys. Chem. Chem. Phys., 13, 16795-16799 (2011). ,
ダイヤモンド電極の広い電位窓を利用することで、直接水素発生電流を利用した簡便な電気化学的pHセンサーとして利用できることがわかりました。妨害成分の影響について検討したところ、アルカリ陽イオンの影響はなく、酸化還元種の影響については、測定電流を制御することで回避できることがわかりました。すなわち、条件をうまく設定することにより、非常に簡便なpHセンサーとして利用できます。
●新しい有用物質合成法を開発
Angew. Chem. Int. Ed., 51, 5443-5446 (2012).・日経産業新聞・日刊工業新聞などに掲載
メタノール中でダイヤモンド電極を用いることにより、有機反応の鍵となる「メトキシラジカル」を高効率に生成できることがわかりました。これを利用することと、さらに合成効率を高めるためのフローシステムを構築することにより、高効率で人工抗炎症物質を合成することに成功しました。
●新しいBOD(生物化学的酸素要求量)センサー
Anal. Chem., 84, 9825–9832 (2012).
金を触媒とした複合電極を作製することで、高感度なBODセンサーとして利用できることがわかりました。
●がんバイオマーカーの生体内測定
Sci. Rep., 2, 901 (2012).・Nature Japanハイライト・時事通信・日経産業新聞などに掲載
ダイヤモンドマイクロ電極を作製し、がんバイオマーカーであるグルタチオンをマウスの生体内(in vivo)にて直接測定することに成功しました。放射線照射による濃度減少を直接モニターすることなどに成功しました。
●マルチ電極システムによる重金属の分離検出
Phys. Chem. Chem. Phys., 15, 142‐147 (2013).
ストリッピング法によるカドミウム測定の際には、例えば銅イオンが妨害成分となります。この銅イオンを除去するために、除去用の電極を設置することで、もうひとつの作用極であるダイヤモンド電極によりカドミウム濃度を正確に測定することに成功しました。
●オゾン水濃度を簡便かつ正確に測定
Anal. Chem., 85, 4284-4288 (2013).
ダイヤモンド電極を用いることで、オゾンの還元電流からオゾン水の濃度を簡便に測定できることがわかりました。さらにダイヤモンドマイクロ電極を用いることで、電解質を用いることなく、オゾン水濃度を正確に求められることがわかりました。
●CO2を有用物質に変える
Angew. Chem. Int. Ed., 53, 871-874 (2014).
Angew. Chem. Int. Ed., 57, 2639-2643 (2018).
ACS Sustainable Chem. Eng., 6, 8108-8112 (2018).
J. Am. Chem. Soc. 141, 7414-7420 (2019).
ACS Sustainable Chem. Eng. 9, 5298-5303 (2021).など
(日本経済新聞など複数の新聞に掲載)
CO2の有効利用のため、CO2を電気化学的に還元してメタン、メタノール、ギ酸、一酸化炭素などを生成する研究開発は非常に積極的になされていますが、従来電極材料を用いる際には、効率だけでなく電極の耐久性などが問題となっています。ダイヤモンド電極を用いることで、効率的な電解が可能であるだけでなく、繰り返し利用が可能であることなどの有用性が明らかになってきました。例えば、反応系を工夫することで、ファラデー効率約100%でギ酸を生成できることや、長時間の利用でわずかに性能の低下した電極を極性反転を行うことで回復させることなどに成功しました。
●インフルエンザウイルスを高感度に検出
Proc. Natl. Acad. Sci., 113, 8981-8984 (2016).
ACS Sensors 5, 431-439 (2020).
(日経産業新聞に掲載)
ダイヤモンド電極上に、ウイルスと特異的に反応するペプチドを精密に修飾することで、高感度にインフルエンザウイルスを計測することに成功しました。現在のイムノクロマト法に比べて50倍以上の感度をもつため、ウイルス感染初期においても検出できることが期待されます。
●生体内で薬物をリアルタイムで計測
Nature Biomed. Eng., 1, 654-666 (2017).・News and Viewsにハイライト
Science, 359, 1287-1291 (2018)に紹介記事
(日本経済新聞など複数のメディアに掲載)
Anal. Chem. 92, 13742-13749 (2020).
マイクロサイズの針状ダイヤモンド電極を動物の生体に直接挿入し、局所における薬物の動態をリアルタイムで計測することに成功しました。副作用として難聴を示す薬物の投与により、内耳局所での薬物の検出と同時に聴覚の低下をリアルタイムで計測しました。
2.光で制御できる磁性材料
21世紀は「光」の時代と言われています。「光エネルギー」は、従来の化石エネルギーの代替エネルギー源となるという点でもちろん重要ですが、格段に速いスイッチング、記録等を可能にするため、将来の高速、高密度のデバイス開発にも大きな可能性を秘めているという点でもきわめて重要です。当研究室では、特に後者のような、新規な光磁気デバイス材料実現のための、新しい戦略を提示してきました。
●プルシアンブルーを含むアゾベンゼンベシクル
J. Am. Chem. Soc., 121, 3745 (1999).
アゾベンゼンを含むベシクル(分子集合体)に、分子性磁性材料であるプルシアンブルーを複合化した「光磁性ベシクル」を作製し、紫外光-可視光を交互に照射することによりその磁性を可逆にコントロールすることに成功しました。2Kにおける現象ながら、フォトクロミック分子の光異性化を利用した磁性の光制御の初めての例です。
●粘土―CoFeプルシアンブルー複合磁性超薄膜 〜光誘起磁化異方性の制御〜
J. Am. Chem. Soc., 127, 16065 (2005).
粘土LB法によって、高配向・高均一なCoFeプルシアンブルー超薄膜の作製を行いました。界面活性剤であるDDABとモンモリロナイトからなる粘土LB膜をテンプレートとし、イオン交換反応を用いてCoFeプルシアンブルー超薄膜を粘土層上に形成させ、高配向・高均一な光制御できる磁性薄膜を作製しました。低温(8 K)において光照射を行ったところ、光誘起電子移動が観測され、さらに磁気異方性とともに、光誘起磁化についても異方性を観測することができました。
●酸化チタンナノシート・プルシアンブルー複合磁性超薄膜
J. Am. Chem. Soc.,131, 13196 (2009).
チタニアナノシートにプルシアンブルーを複合した超薄膜を作製しました。紫外光照射により電子移動を誘起することで磁性を制御することに成功しました。
●酸化鉄ナノ微粒子の表面修飾による可逆光スイッチング磁性微粒子 〜初の室温における可逆な光磁性制御〜
Angew. Chem. Int. Ed., 43, 6135 (2004).・日経産業新聞に掲載
酸化鉄微粒子表面にアゾ化合物を直接修飾した粒径4-5nmの微粒子を作製しました。室温では超常磁性を示しましたが、固体状態においてもアゾベンゼンのシス−トランス光異性化を実現し、それに伴って室温にて磁化を可逆にスイッチングすることに成功しました。本システムは、磁性体金属に光応答性のアゾベンゼン化合物を直接配位させていることが特徴であり、アゾ化合物の光異性化に伴う双極子モーメントの変化が磁性に変化を与えたものと考えられます。
●FePtナノ微粒子:室温強磁性体の磁性光制御
J. Am. Chem. Soc., 129, 5538-5543 (2007).・日本経済新聞に掲載
室温における磁性光スイッチングに成功したものの、室温では強磁性を示していなかったため、室温にて強磁性を示しつつ光制御が可能なシステムとしてFePt微粒子に注目し、この界面にフォトクロミック分子であるアゾベンゼン誘導体を修飾することを試みました。Fe(acac)3とPt(acac)2をTetraethylene glycol溶液中300℃以下においてポリオール還元することで、磁化容易軸をもつL10規則構造を有するFePtナノ粒子を合成し、さらに溶液中での反応によりアゾベンゼン誘導体を配位させました。このナノ粒子(図1:粒径5-6 nm)は室温にて強磁性的特性を示し、さらにアゾベンゼンのトランス−シス光異性化に伴った磁化の増大(紫外光照射)・減少(可視光照射)が観測され、室温強磁性領域における磁化の可逆的な光制御に初めて成功しました
●逆ミセル法によりカプセル化した光制御型磁性ナノ微粒子
J. Am. Chem. Soc., 128, 10978-10982 (2006).
光で磁性を制御する新しいシステムとして、界面活性剤による逆ミセル法により、プルシアンブルー磁性体とCdSの複合ナノ微粒子を作製しました。2Kにて強磁性を示すこのナノ微粒子に紫外光を照射すると常磁性体へと変化しました。この変化は熱処理によりもとの強磁性に戻り、磁性の可逆なON/OFFの光スイッチに成功したことになります。これは、光照射によるCdSからプルシアンブルーへの電子移動がプルシアンブルーのスピン状態を変化させたと考えられます。
●Auの界面強磁性(ex-nihilo)を利用した室温強磁性光スイッチング
Angew. Chem. Int. Ed., 47, 160-163 (2008).
単独ではそれぞれ非磁性でありながら、Au-S界面には強磁性が発現する現象が注目されています。そこで、アゾベンゼン誘導体を配位子とした金ナノ粒子を合成しました。粒径5 nmの金ナノ粒子は反磁性特性を示しましたが、粒径1.7 nmの粒子は、室温強磁性が観測されました。さらにアゾベンゼンの光異性化に伴った室温における磁化の可逆的な制御に成功しました。
●Au界面で巨大磁化率と異方性を示し、光制御できる磁性薄膜
J. Am. Chem. Soc., 131, 865-870 (2009).[Highlighted in Nature Asia Materials]
Au薄膜上にアゾ化合物の単分子膜を修飾したところ、室温にて巨大な磁化率を示すとともに明瞭な異方性も観測できました。さらにアゾ化合物の光異性化に伴った磁化の可逆な光制御にも成功しました。
●室温巨大保磁力・巨大垂直磁気異方性をもつ光制御できる磁性薄膜
Angew. Chem. Int. Ed., 48, 1754-1757 (2009). [Highlighted in the frontispiece]
「外部磁場アシストによる交互積層法」という新規な手法を用いて、垂直磁気異方性を有するFePtナノ粒子集積膜を作製しました。室温における巨大保磁力とともに垂直磁気異方性を有するFePtナノ粒子集積膜を実現し、アゾ化合物の光異性化に伴った磁化の可逆な光スイッチングも観測できました。
●超伝導の可逆な光制御
Angew. Chem. Int. Ed., 49, 372-374 (2010).・日本経済新聞に掲載
超伝導を示すNb薄膜上に単分子膜としてアゾベンゼン化合物を修飾した超伝導薄膜を作製しました。アゾ化合物の光異性化に伴って、初めて超伝導の臨界電流値を可逆に制御することに成功しました。
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